グローバル化は、多様化か、それとも画一化か。
こんにちは、つばさです。
今回は、「グローバル化」について。
これは自分のなかで、ふわっとした考えなので、
みなさんの考えとか、参考になる本とか、ぜひ教えてください。
「グローバル化」のイメージって、どうですか?
僕は、「グローバル化」って、多様な生き方が認められるイメージだったんです。
世界中の人ともっと簡単に交流して、異文化に触れて、自分の価値観が広がる。
そう思ってました。
でも、最近そうも限らないんじゃないかと。
先に、「グローバル化」とは具体的になにかってことですが、
「ヒト・モノ・カネ」の動きが、国家間を超えて大きくなること。
だと、僕は大学で学びました。
簡単に言うと、「国同士で、移民やら、貿易やら、投資が増えること」です。
インターネットが発達した現代では、ここに「情報」を入れることもあります。
「グローバル化」の文脈で、
僕は 「交流が活発になって、もっと多様な価値観が求められるよ」って、
聞き続けた気がします。
みんなはどうなのかな。僕の印象だけなのだろうか。
でも...
「グローバル化」は、より大きな枠組みでの「画一化」
なのではないかと思うのです。
わかりやすい例が、EU。
EUは、ヨーロッパ版のグローバル化。
そこで何をしたかというと、
人を動かすために、国境間の移動を自由にしたり、
貿易を増やすために、関税を撤廃したり、
投資を増やすために、通貨を「ユーロ」に統合した。
多様な国が活発に交流してるって感覚にもなるけど、
一方で、「EU」っていう一つのモノサシにしていないかと感じるんです。
考えてみれば、ある意味当然のことで、
異文化同士が経済的・社会的に統合しようとするならば、基準が必要。
安全基準とか、公用語とか、そういうもの。
それは、つまり、「グローバル・スタンダード」という言葉で表されます。
多様な生き方を認めているようで、
グローバルな時代を生きていくための、必要なスキルがある。
それを身につけないと、生きていけない。
この「生きていけないのでは...」という焦りを助長する「グローバル人材」という表現。
「常識」や「マナー」のように言われることもあって、
「人として当然、身につけておくべきもの」と類似してしまいそうだけど、
「グローバル・スタンダード」は、本当にみんながみんな、必要なものなの?
もっといろんな人が、いろんなことできる社会がいいな。
それぞれが、それぞれの道を、切り拓ける社会がいいな
これに関係したことで、今度は「就活」について書こうかな。
今日も読んでくださって、ありがとうございました。
つばさ
tsubasakato.blog@gmail.com