「できること」をひとつずつ増やす
僕はまだ、何もできないのだと思う。
いや、正確には、何も提供できないのだと思う。
バイトやインターンで、
「あなたは何ができますか」という質問に、
答えられるひとはどれぐらいいるだろうか。
僕は、胸を張って答えられた試しがない。
なぜなら、この質問の意図は、
「対価をもらえるだけの価値のあるものを生み出せますか」
と同義だから。
僕は、文章、カメラ、イラレ、動画、イベント企画。
それなりにやったことはあるけれど、
それを報酬をもらうものとしてやったことはない。
その意味で、僕はまだ「何ができる」とは答えられない。
「役に立ちたい」だけでは、役に立たない
素晴らしいと思える会社に出会って、
「何か手伝えることありますか」と聞いたはいいけれど、
「何ができる?」と聞かれて、困ったことは何度もあった。
結果、何もできずに、やりきれない想いだけが残った。
結局、わかった。
「役に立ちたい」だけでは、役に立たないのだと。
もちろん、全く役に立たないわけはないのだけれど、
役に立てるところは限られる。
特に、共感できる理念を持つところは、
小さな規模でギリギリでやっているところも多く、
即戦力でないと、雇っている余裕はない。
そこには、やはり想いだけでは、どうにもならないところがあるのだと思う。
「できる」ことをひとつ、自分の基礎に据えることは、
チームとして「これをしてくれる」という、最低限度の信頼に繋がる。
そう思う。
基礎からひとつずつ、積み上げよう
まずは「生産手段」を持つこと
マルクス曰く、
「労働力が商品になる」には2つの条件がある。
①労働者が自由であること。
②労働者が「生産手段」を持たないこと。
この2つが揃うと、
人々は、自身の労働力を、企業に売るしかない。
だからこそ、企業に縛られずに生きていきたいのならば、
自身で「生産手段」を持つ必要がある。
逆に言えば、「生産手段」を持てば、
企業に属さなくとも生きていける。
もちろん、ここでは、
企業で働かないことを推奨しているわけではない。
当たり前のようだけれど、
学生の立場で、将来のことを考えていると、
自分がどんな生産手段を持ち、どんな価値を社会に提供する人になるか。
それを忘れてしまいそうになるのである。
企業に入るも良い。入らないも良い。
けれど、自分が5年後、10年後。
何ができるようになっているか。
それによって、将来、やりたいことができたときに、できるかどうか。
それが大きく変わると思う。
まずは3年。まずは5年。
「できること」をひとつずつ増やして、
価値を生み出せるひとになれるよう、精進。
つばさ