つばさの軌跡

京大卒。新卒の2018年春、鳥取県智頭町に移住し、社員2名の林業会社に就職。林業家を志す。働くこと、食べること、寝ること、話すこと、住むこと...。自分の人生の時間を分けることなく、暮らしの所作、その一つ一つに丁寧に向き合って、精一杯生き抜くことが目標。

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どうすれば「持続可能」になるか。

前回に続き、僕のいま考えること第2弾。卒業論文から引っ張ってきました。

前回の記事は以下をご覧ください。

tsubasakato.hatenablog.com

 

○二つの世界に生きる

それから世の中には二つの世界があることに気付いた。

一つはモノとお金がぐるぐる回る、人間がつくった世界。

もう一つは人間とは関係のないところで、

空気や水や土や命がぐるぐる回る自然の世界。

そして自分は今まで片方の世界でしか生きていなかったのだと感じた。

学業に励み、「いい」大学へ進学し、どこかの企業へ就職しようとしていた。

もちろんそれが悪いわけでは決してない。

というより良いとか悪いとかいう話ではない。

そっちの世界もあるけれど、もう一つの世界もあるということに気付いたのだ。

そして魅了されてしまった。

海のことを語る漁師が、土のことを語る農家が、

何より「生きる」ことと向き合っているように感じて、

どうしようもなく格好よかった。

 

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なぜ今、こんなにも「持続可能性」が叫ばれているのだろうか。

答えは一つ。

今までが持続可能ではなかったからだ。

日本は高度経済成長を経て、社会はますます豊かになった。

しかし本当に豊かになったのだろうか。

車が増えた分、空気は汚染された。

農薬を使った分、虫たちはいなくなった。

トウモロコシが安くなった分、地下水が枯渇している。

鶏肉が安くなった分、数え切れないほどの鶏がケージの中で一生を終えている。

これらのコストを誰かが払っているだろうか。

払っていないとすれば、私たちがいままさに享受する「豊かさ」は、

何かの犠牲の上に成り立っているのではないだろうか。

手に入れたと思っているものは、実はどこかから奪っているのではないだろうか。

そしていま「持続可能性」が叫ばれるのは、

奪われた者たちによる反撃なのではないか。

そんな風に思うのだ。

 

○持続可能性の鍵は「分解」にある

私たちは大量生産・大量消費をしてきた。

しかしそれだけでは語弊がある。

大量消費をすると同時に大量廃棄しているはずだ。

消費という言葉は誤解を招く。

人が消費してもモノは消えない。

モノを消費しても最終的にはゴミになり、食べ物を消費しても排泄物は出てくる。

これこそが持続可能でない原因にあると私は考える。

現代は大量生産・大量消費・大量廃棄社会なのだ。

 

【経済活動】

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ではどうすれば持続可能な社会が実現するのか。

それはもう一つの世界、自然の世界を見ればわかる。

自然の世界はどう循環しているか。

例えば窒素(植物を育てる栄養素)を見てみよう。

植物は根から窒素分を吸収し生長する。

その草や実などを人間や他の動物が食べて消化する。

消化して出た排泄物、あるいは動物の死骸は土中の微生物によって分解される。

分解され土になると再び植物が吸収する。

このような輪で回っているのだ。

 

【自然】

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では今の仕組みに足りないものは何か。

それは分解過程である。

ゴミは焼却し埋め立てられ、排泄物は消毒されて川へと流れ、遺体も火葬だ

土に還す仕組みにはなっていないのだ。

このようにゴミや他の形で外に出たものを、

再生産のための処理をする分解の機能が抜け落ちているのである。

この仕組みではいずれ資源は枯渇し、生産ができなくなるのは当然のことである。

人間のつくった世界の持続可能性を考えるならば、

「分解」の機能を見直さなければならない。

 

トイレから考えると、世界が見える。

ゴミ箱を変えれば、世界が変わる。

そんな風にいうことはできないだろうか。

 

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ゴミ箱を覗けば、世界が見える...? 

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原発も「分解」から見れば、かつてないゴミを出してしまう。安全性の問題だけじゃなく。

 

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誤解されないように言うと、

いままでの発展や進歩を全否定しているわけではないこと。

否定は正義の押し付け合いになりかねないし、

誰かの考えるタネになればいいなぁとか、感じたこと共有したいなぁと

思って書いています。

 

つばさ