つばさの軌跡

京都大学5回生。「むらづくり」「生態系づくり」をする仲間を求め、いま思うことを発信する。ブログのテーマは「誰かと心を通わすこと」

自分らしく生きる覚悟

「覚悟を持て」

僕と同世代のみんな。よく言われないでしょうか。

 

僕も、よく言われます。

この前、京都の久多という、いわゆる「限界集落」で、修行してきました。

ここで農業、狩猟、民宿など、いろいろやられている方のもとへ。

宿泊 - 蕎麦打ち おくで

 

そこでも言われました。

いろんな選択肢があるなかで「覚悟」を持つことは難しい気がしますが、

僕なりの「覚悟の持ち方」の解釈をしてみました。

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農家民宿はこんなところ。四季の移ろいが感じられる。

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久多での一コマ。トマトの支柱立て。 

 

いろいろやりたい。けど、一つ決めることはできなかった

4月は、林業をやろうと思っていました。

けれど、修行に行った6月は、自分は林業だけしたいのかと迷い始めていました。

 

そもそも、木の需要自体が減っている現在、木材生産のほうだけやってても意味がない。

だから、木も育てたいし、木炭づくりのようなモノづくりもしてみたい。

他にも、もっといろいろやりたいことがある。

野菜つくってみたいし、狩猟もしてみたい。

自分の家も建ててみたい。エネルギーの自給もしたいな。

 

そんなことばかり思っていて、なにも手につかなかった。

 

そこで、主人の奥出さんに言われた。

「まず一つ、自分のブレない軸、土台をつくらなあかん。

そこからや、いろいろ手を出して身についてくるのは」

 

つまりは、いろいろやりたいことがあるなかで、「ひとつ、これをやる」と覚悟を決める。

そこに3年なり5年なり、自分でできるようになるまで続ける。それができたら、また次へ手を出す。

そういうこと。

 

最初、僕はこれに納得できなかった。

正直、ひと昔前の考え方、一つの会社にずっといるのが当たり前だった時代の考えだと思った。

 

 

なぜ、こんなにも「覚悟」というのか。

「覚悟」がなければ、手を出していけないのか。

もっと自由に、やりたいことをやってもいいのではないか。

そう感じていた。

 

覚悟の前の、覚悟

だが、その後、思った。

 

「僕は、これをやる!と覚悟を決める前に、自分の信じる道をいく覚悟を持つべきじゃないか」

 

結局、「それってこうじゃないの」って思うことがあるなら、そっちにいけばいいのだ。

自分の感覚を持てていないこと。それ自体が一番の問題だと。

 

「ひとつ、これをやる!」と決めるのも良い。

「いろいろしたいじゃん」と決めるのも良い。

ただ、そこで自分の選択に責任を持てるかが問題だ。

 

いろいろ言ってくる人はいる。

助けを求めたら、アドバイスをくれる人はいる。

けれど、その人たちは、良くも悪くも自分の人生に責任をとってくれない。

アドバイスに従って失敗したとして、誰も恨むことはできないのだ。

 

「覚悟を持て」と言われて、迷うひとへ。

おそらく、それは、「ひとつに絞る覚悟」ではない。

少なくとも、まずはそれではない。

そう言われて迷っている人こそ、「自分らしく生きる覚悟」がまだできていないのだと思う。 

 

これに気づいてから、

僕はもっともっと、自分で考え、自分で決めて、自分で責任をとる。

それが必要だなと、反省しました。

精進します。

ちなみにいまは、まずは林業をやってみようと思っています。

自分で考えた結果です。

 

あと、否定的に書かれた印象を与えたかもしれませんが、

ここの民宿のご主人、奥出さんはすごい方です。

優しく、厳しく、信念を持ち、ひとりひとりに向き合ってくださる方です。

15年かけて「田舎で暮らす」ことを実践されてきた方です。

「田舎で暮らす」ことの大変さを、その体験をもって教えてくださる方です。

 

よければ、そこで学べるプログラムが夏にあります。

興味があれば、行ってみてください。僕も1年半前に行き、生き方が変わりました。

もっと多くの人に行ってほしい場所、会ってほしい人、体験してほしいものがあります。

mura-ryugaku.com

 

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ここにいると、時間の流れが変わります。 

 

つばさ

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